(※『竹田宮系図』引用元はこちら)


★旧皇族 竹田宮家の御嫡男で法学者の竹田恒泰さま、歌手の華原朋美さんと御熱愛。(皇紀2673.10.5)

平成25年(皇紀2673年)11月5日発売の『女性自身』によると、御二人は本年7月、日本テレビ系列の『ダウンタウンDX』というバラエティー番組で共演された際、竹田さまが著書を持参して華原さんの楽屋に挨拶に来られ、その時にお互いのLINEを交換されたのがきっかけであるという。

御二人は趣味やお食事(特に支那蕎麦)の話などで盛り上がり、それではと云うことで、ご一緒に『一蘭』で名物の支那蕎麦をご賞味されたのである。その日がおりしも華原さんの誕生日の8月17日に近い日であった為、竹田さまは皇室御用達の銀座「タニザワ」のバッグを、華原さんにサプライズでプレゼントをされたそうである。その後、御二人は、鎌倉へドライブされたりと仲の良い関係を築かれた。

竹田さまはこの件に関して「まだ、お付き合いには至ってはおりませんが、華原さんは素晴らしい女性なので、私は好意を寄せております。ただ今は彼女の復帰ライブが近々ある大切な時期ですから、あまり騒がないで頂きたいというのが正直なところです」と、華原さんのことをお気遣いされながらも、御自分の思いをありのままに語られた。

…とのことである。

歌手の華原朋美さんは、かつて音楽プロデューサーの小室哲哉氏との関係が破局した際に、大変ふさぎこまれていたことが話題となった時期があったようなのだが、先人曰く艱難は汝を玉にするという喩えの如く、苦しい心境を乗り越えられた後は、お幸せになられることを祈るばかりである。

伏見宮家などをはじめとする旧皇族の男子は、明治天皇と同一父系の皇孫に属し、科学的な話をすれば、明治天皇と全く同じY染色体を保持されておられる訳でありますから、これを好機に、先の大戦以後、昭和天皇の意を体せず、GHQの圧力によって臣籍降下せられた旧宮家の皇族復帰を待望する声が高まることを期待しております。

(※ニュース記事の引用元はこちらから)


さて、参考までに以下の御系譜を謹んで御較べすると、人皇第98代崇光天皇の御孫様である貞成親王の御子様の代に枝別れをしておられる訳であります。

つまりは、兄君の後花園天皇が人皇第103代に登極され、弟君の貞常親王は伏見宮家をお継ぎになられておられる訳であります。(※代数は総て北朝正統論に基づく)



【貞成親王から今上陛下へ至る御系譜は以下の通り】

∴貞成親王―後花園天皇―後土御門天皇―後柏原天皇―後奈良天皇+
                              |
+―――――――――――――――――――――――――――――+

+―正親町天皇―誠仁親王―後陽成天皇―後水尾天皇―靈元天皇―+
                              |
+―――――――――――――――――――――――――――――+

+東山天皇―直仁親王―典仁親王―光格天皇―仁孝天皇―孝明天皇+
                              |
+―――――――――――――――――――――――――――――+

+明治天皇―大正天皇―昭和天皇―今上天皇



【貞成親王から竹田恒泰氏へ至る御系譜は以下の通り】

∴貞成親王――貞常親王――邦高親王――貞敦親王――邦輔親王―+
                              |
+―――――――――――――――――――――――――――――+

+邦房親王――貞清親王――貞致親王――邦永親王――貞建親王―+
                              |
+―――――――――――――――――――――――――――――+

+―邦頼親王――貞敬親王――邦家親王――能久親王――恒久王―+
                              |
+―――――――――――――――――――――――――――――+

+―恒梔、――竹田恆和――竹田恒泰

(※各系譜の引用元はこちら)



即ち、今上陛下から19世代前が貞成親王であり、竹田恒泰さまから17世代前が貞成親王である。(※各々御子様がお生まれになられた年齢が違うので、同一世数にはならない)

数百年前に分岐した場合は、Y染色体が全く違うものになってしまうだのと、デマカセを 云う左翼論者がいるが、高々20世代弱ぐらいでは、Y染色体は殆ど変異しないし、変異したとしても、それはそれでY染色体のSNP(更に変化した痕跡)が増えるだけで、木で云えば年輪のようなもの、要はY染色体の歴史を刻んだもので、例えばD2だったものがO3に入れ替わるだのといった類のものでは無いのである。

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